吃音当事者インタビュー 山田 舜也

当事者インタビュー
吃音とうまく付き合いながら日常生活を行っている当事者さんにフォーカスをあてて職場での体験談や吃音をどのようにカバーしながら仕事をしているかや自身の吃音歴などのお話を伺っていこうと思います。またお話頂いた内容で吃音改善に関わる内容が出てくる場合もありますが科学的医学的根拠はないあくまで個人の考えになります。言語聴覚士監修の吃音知識のコーナーで科学的根拠に基づく吃音の知識を得ることができます。

※撮影後にテキスト版は大幅に加筆しております。

皆川(吃音ラボ編集部)
今日はよろしくお願いします。
山田 舜也
よろしくお願いします。
皆川(吃音ラボ編集部)
では初めに、お名前とご職業を教えてください。
山田 舜也
⼭⽥舜也といいます。普段は、⼤学院で吃⾳の研究やったり、演劇をやったりしてます。
皆川(吃音ラボ編集部)
大学院では、具体的にどのような吃音の研究をされているんですか?
山田 舜也
僕がテーマにしているのは、「吃音の当事者研究」です。当事者研究とは、障害とか⽣きづらさを抱えている当事者が、⾃分⾃⾝の困りごとについて、似た経験と仲間と⼀緒に「研究」を行い、その意味や対処法やメカニズムを探り出す、という活動です。
もともとは、北海道の『浦河べてるの家』という、主に統合失調症を中心とした精神障害を持つ当事者のグループで始まりました。
2013年には、『吃音の当事者研究 どもる人たちが「べてるの家」と出会った』(伊藤伸二・向谷地生良)という本も出版されています。
当事者研究は、主に、精神福祉の分野などで注⽬を集めているんですが、僕は吃⾳の当事者ということで、「吃音の当事者研究」をずっとやっています。
当事者研究を行って、そこから⽣まれてきた仮説を元にして、主に演劇的な視点から、吃音についての考察をしています。
…これだけだと、ちょっとまぁ、分かりにくいかもしれませんが。
皆川(吃音ラボ編集部)
⾃分⾃⾝の困りごとについて、似た経験と仲間と⼀緒に「研究」を行い、その意味や対処法やメカニズムを探り出すって面白いですね!
演劇的な視点とは、具体的にどのようなことなのか教えてください。
山田 舜也
僕は、吃⾳は、演劇と、非常に相性がいいと思っているんですね。
それは、一つには、「演劇によって元気になる」という吃音者が一定数いる、ということがあります。
⾃助グループでの体験集の中に、「舞台の上だと吃⾳が消える」という体験談が、昔から、一定数、あります。
もちろん、全ての吃音者がそうではありませんが、しかし、そういう人たちがいることが、自助グループの内部では経験的によく知られていました。僕も、演劇によって元気になる吃音当事者の一人です。
「吃音と演劇が相性がいい」ということの意味の一つ目は、そういう意味です。

「吃音と演劇の相性がいい」ということには、もう一つの意味があります。それは、「吃⾳そのものが演劇的だ」ということです。

吃音者で、「いつでもどこでも同じように吃る」という人はいませんよね。例えば、「歌を歌う時には吃⾳が出ない」とか、「⼤勢と⼀緒に同じ⽂章を読む時は吃⾳が出ない」という体験を持つ人は多いのではないでしょうか。
一方で、「電話は苦⼿」だったりとか、「カ行が苦手」とか、「挨拶など特定の言葉が苦⼿」とか、「⼤勢の前でプレゼンをするとどもりやすい」という体験談も、自助グループでは、よく語られますよね。
「いつどもりやすいか、どもりにくいか」は、人によって違うと思いますし、同じ人でも時期によって変化もすると思うんですが、いずれにしても、「いつでもどこでも吃りやすい吃音者」は、おそらく、いません。
これは、吃音者の「吃りやすさ」や「話しにくさ」が、場面や状況、聞き手との関係性、話される言葉、などの「社会的な環境」と、非常に連動しているということを表しています。
演劇的に言えば、そこが、どういう「舞台」で、どういう「登場人物」がいて、それぞれの登場人物が自分にとってどういう人で、つまり、どういう「人物関係」で、そして、どういう言葉、つまり、「セリフ」が話されるのか。演劇学や社会学の⾔葉では「ドラマツルギー」というのですが、吃音は、ドラマツルギーの影響がとても大きく、吃音について考える上では、演劇的な視点は、外せないと僕は考えています。
たとえば、言語訓練など、吃音の治療に不信感を抱く人の体験談の中に、「訓練室の中ではある程度効果があるけど、日常生活の中では、使えない」という話がありますよね。
それは、訓練室と日常生活の場面では、ドラマツルギーが違うからです。
セラピストと1対1の密室的な関係の中でうまくしゃべれるようになっても、大勢の前でプレゼンしたりするときにも、うまくしゃべれるようになるとは限らないのです。
これまでの吃音についての取り組みは、医療であれ、福祉であれ、そういった演劇的な視点が、ほとんど、無視されてきました。
僕は、そこをちゃんと考慮に入れた、むしろ、そこを出発点に、吃音について探求するような、そういう研究をしています。
「吃⾳そのものが、演劇的である」というのは、そういう意味です。

皆川(吃音ラボ編集部)
それは面白い考察ですね。でも確かに、いつでもどこでもどもるわけではないですよね。
僕は、名前を言うのが苦手ですけど今、山田さんに自己紹介をすればどもらず言えます。でも初対面の時は、言えなかったです。
そういう経験は吃音者の方、皆さんあるはずですよね。

ドラマツルギーって言葉は非常に説明が難しいなと思いますけど、感覚的にはよく分かりますね。
例えば、自分が相手にどのように見られているのか、意識する人は多いと思うんですよね。
それが演劇的であると考えれば、確かにそうとも言えるなと感じました。
もちろん、それだけではないですけど、僕の解釈として例え話をしてみました。
現在、山田さんは東大スタタリングの代表をされているとお聞きしましたが、具体的な活動内容を教えて頂けますか?

山田 舜也
先ほどお話した「当事者研究会」が活動の中心です。
あとは、吃⾳に関する論⽂をみんなで読む「吃音勉強会」ですとか、学園祭で吃⾳が題材になっている台本を書いて、それを吃⾳者で演じる「吃音演劇」ですとか、あとは、単純に親睦を深めるための「吃音交流会」ですとか、そんなことをしています。
皆川(吃音ラボ編集部)
自助グループの活動に近いですね。
でもどちらかと言えば自身の吃音と向き合って考えるって面が大きいグループなようですね。
東大スタタリングは、東大生のみが参加できるんですか?それとも社会人、または他の大学の生徒でも参加できますか?
山田 舜也
最初は、学内生とか他大生を含めて学生のサークルということで始めたんですけど、最近は社会人の方でも吃音について考えたいですとかそういう方も沢山いらっしゃってます。
皆川(吃音ラボ編集部)
なるほど。では、僕のような社会人でも気軽に参加できるってことですね!
ぜひ今度、参加させてください。
山田さんがされている演劇活動は、具体的にどのようなことをされてるんですか?
山田 舜也
吃⾳をテーマにした演劇を僕が書いて上演したりしていますが、「吃⾳についての新しい演劇を作りたい」とずっと思っています。
吃⾳って既にいろんな蓄積があると思うんですね。
吃音についての臨床的な研究ですとか、脳科学・遺伝学的な研究は、それこそ沢山ありますし、⽂学や批評の対象としても、吃音はたくさんの人から語られています。
演劇の題材にもよくされてきました。

自助グループの当事者による吃音についての体験談や活動も、特に日本は、かなりの蓄積があります。
そういう風に、吃⾳については、すでに、色々な人が、色々な方向から、色々な風に、語ってきています。
その中で、僕は、これまでの吃音についての語り方とは違う、新しい吃⾳の語り方、吃音についての新しい⾔葉をたちあげて、それを演劇と言う形で、作品にしたいと思っているんですね。

ただ、僕が作る「吃音の言葉」は、もちろん「吃⾳⼀般の言葉」ではなくて、「僕の吃⾳の言葉」です。

僕が、吃る身体をもちながら、今の時代に⽣きて、今の社会的な状況の中で、つまり、現代のドラマツルギーの中で、感じてきたこととか、体験をしてきたこと、考えてきたことを、再び「吃音」という身体や「演劇」という媒体を通して、作品にしてみたい。そう、思っています。
そういうわけで、演劇の勉強もしています。僕は今、大学院生活と並行して、⾔友会の⼤会がご縁で知り合った平田オリザさんという、劇作家、演出家の⽅が主宰する演劇塾『無隣館』にも通わせてもらっていまして、そこで、演劇の勉強をしています。
まだあんまりそんないい作品は書けてないんですけど、今お話したような、吃⾳についての新しい⾔葉、声、身体を⽴ち上げたいな、と思ってます。

皆川(吃音ラボ編集部)
新しい言葉を作るですか。面白いですね。その視点!
当事者の視点で研究していくと、吃音とは一体なんだろう?と考える人は多いのかな?と思います。
不思議なんですよね。
話せる時と話せない時の差ってなんだろう?と。
よく緊張してると話しやすい話しにくいって人いますけど、必ずしもその場面だけではないって事もありますし。
それこそ最初にお話ししていたいつでもどこでもどもる訳ではないって所に繋がると思うんですけど。

医学的な研究とかですと、治すこと改善することだとは思いますけど、山田さんの場合は当事者の研究ですもんね。
是非、自身の吃音感から描いた山田さんの世界を見てみたいです。上演を楽しみにしています。

では、日常生活の面でのことを聞かせてください。
普段日常生活をを送る上で吃音があり困っていることはありますか?

山田 舜也
僕が、主に⽣活の中で出向くところは、家か⼤学か吃⾳者の⾃助グループか劇場くらいなので、正直、今は、そんなにつらい環境ではないです。
僕が今所属している⼤学の研究室はバリアフリー分野というところなのですが、色々な障害の当事者の⼈が研究活動をしているっていう少し変わった研究室なんですね。
指導教官の福島 智先⽣は⽬が⾒えなくて⽿が聞こえないっていう「盲ろう」の当事者先⽣ですし、他の研究者の方たちも、視覚障害の当事者の方ですとか、⾃閉スペクトラム症の研究員の方ですとか、脳性まひの当事者の先生ですとか、何かしらの障害の当事者の方たちばかりなので、普通よりも、障害とか生きづらさについて、理解のある環境だと思います。
「周りから理解が得られなくて困る」ってことは、まあ、あまりないような気がします。
ただスターバックスとか、お店で注⽂する時とかになかなか⾔葉が出てこなくて困ることは今でもあります。
それから、単純にどもるってことではないかもしれないんですけど、中々⾔いたいことが⾔えなくて、話すことを諦めてしまうようなことは、やはり⽇常⽣活の節々であります。
そういうときは、「吃⾳のせいで⾔えなかったのか。それとも、頑張ればいえたはずなのに、それを諦めてしまったのは、⾃分の意志の弱さの問題なのか」という「答えの出ない問い」に悩んでしまって、⾃分⾃⾝を責めるような回路に陥ってしまうようなことが、今でもしばしばあります。
皆川(吃音ラボ編集部)
研究室では様々な生きづらさを抱えている方がいる環境だと、確かに周りの理解は得られそうですね。
その反対に、山田さんも他の生きづらさを抱えている方達へ、配慮をされていることもあるでしょうし。
あと、僕も話すことを諦めるってことはたまにあるんですよね。
でもそれが吃音が原因なのか、確かに深く考えたりします。
ちょっと言葉が出にくいなと思うと、頭の中で、話を組み立てなおすんですよ。それで結果的に、この話はしないでいいと思う場合があります。
話さないことで、なにか日常に大きな影響がある訳でもないって経験から分かってきているのでそこは割り切って考えてしまってますね。
山田さんは、吃音の症状を自覚したのは何歳頃からでしたか?
山田 舜也
⺟親いわく2歳か3歳頃から吃⾳を持っていたらしいです。
症状に波があったりとかはあるんですが、母親の言うことが正しいとすれば、物心ついた頃から今に至るまで、ずっと吃音ということになりますね。
⼩学校の頃は⼩学校1年⽣から5年⽣まで吃⾳を持つ⼦供が通う特別⽀援学級「言葉の教室」に週1回通っていました。
違うところもあったかもしれませんが、全体としては、大阪吃音教室の伊藤伸二さんに近いような考え方をする先生だったと思います。
吃⾳について最初に向き合ったのは、「言葉の教室」の経験がとても⼤きかったです。
今の僕の中でもその時に吃⾳について考えたことが、吃⾳に向き合う上でベースになっていて、当時の先⽣には本当に感謝をしています。
皆川(吃音ラボ編集部)
そうだったんですね。僕も小学校の時、ことばの教室がある学校に通っていましたよ。
でも、僕は先生に言葉が出ない事をを相談しても、ことばの教室を薦められることはなかったんですよね。
どういう人が行くのかも正直わかってなかったんですけど。
だから、小さい頃から吃音について考えるきっかけがあったのは、とても羨ましいです。
僕の場合は吃音を知らない期間が長すぎて、10代の頃はなんで声が出ないんだ!とずっと一人で考えて悩んでましたからね。
あと喘息で小さい頃は、すごく苦労していて息が吸えないから、言葉が出なくなってしまった。みたいに思ってたんですよね。
当時、学校の先生にも言葉の相談をしたことあるんですけど、そこで先生から喘息だからじゃないか?と言われ、その言葉を真に受けてそこから、20歳まで喘息の後遺症かと本気で思って、自分で知らべることもなかったですからね。
いま思えばありえないですけど(笑)
なんで調べなかったのか…そんな訳ないって分かりきってる事なんですけど、本気で悩んでいた小学生時代に、大人が教えてくれた答えは信用力がそれだけ大きかったのかな?と思います。

山田さんは、小学校、中学校、高校と周りに友人などに吃音があることを、積極的に話したりはしていましたか?

山田 舜也
⼩学校の頃は、今⾔ったように、特別⽀援学級に通ってたので、周りがみんな「僕は、吃音を持っている」ということは、知っていました。
中学は、地元を離れて、都内の中⾼⼀貫の学校に行っていました。
なので、⼩学校から中学校にあがる時に友達が全部変わりました。
症状としては、中学校の時が⼀番ひどかったんですけど、「吃⾳だ」ってことは積極的にカミングアウトはしていなかったです。

僕が昔、特別支援学級に通っていたということも、中学・高校の同級生は、ほとんど知りません。そういうわけで、「周りが、全員、僕が吃音を持っていることを知っている」という小学校の頃とは、状況が違っていました。
ただ、症状がひどかったので、僕が、どもること自体は、周りのみんなは、みんな知っていました。
国語の⾳読の時間とか、クラス替えの⾃⼰紹介とか、顔を真っ⾚にして、なかなか話せなくて、クラス中から笑われたりとか、ありましたし、それで、ちょっといじめられたりもしていました。
面白がられて、大した内容でもないのに、全校生徒の前で発表させられるような羽目になったこともありました。

⾼校くらいになってからは、⾔い換えとかいろんな技術を発展させたってこともあって、⾒た⽬の症状は、そこまでひどくはなくなりました。
高校の現代文の時間は、中学の国語の時間とは違い、受験勉強に特化していたので、大勢の前で朗読するようなこともなかったです。思い返すと、吃音が大きな問題になる場面は、中学校と違って、高校では、ほとんどなかったように思います。
直接、触れられたことは、ほとんどありませんでしたが、中学から僕のことを知っているクラスメイトや先生からは、「治っていったんだな」と思われていたと思います。

大学入学時には、小学校から中学校に変わるのと同じように、6年ぶりに、友人関係がガラリと変わりました。
この時も、周りに吃⾳があるってことは積極的には話してなかったです。

ただ、中学の頃との違いは、この頃には、「言い換え」などの技術を、かなり僕が発展させていたために、「どもる」という見た目の症状は、ほとんど気づかれなかったということです。
見た目では、「どもっていなかった」ですし、言い換え自体も、ほとんど無意識化されていったので、自分が吃音を持っていることを意識することも、ほぼ、なくなっていました。たまに、話せなくなってしまうことはあるものの、だからといって、わざわざ「吃音なんだ」と説明するようなことは、ありませんでした。
「恥ずかしかったから隠していた」というよりも、「吃音なんだ」説明したところで、結局、話すのは自分なので、「どうして欲しいか」みたいな具体的なことが、思い浮かばず、助けてもらいようがなかったから、という感じだったと思います。

そもそも、吃音をうまく説明できるような気もしていませんでしたし、「吃音なんだ」「そうなんだ」だけで、会話が終わってしまうというか、だとすると、そもそも、「話す意味」がないような気がしていましたからね。
吃音者という当事者性を背負っていろんな活動をしている今とは、ずいぶん違います。

ただ、今から思い返してみると、「吃音を意識していなかった」だけで、それなりに、吃音に関して立ち往生することは多かったように思います。
新勧コンパのときにうまく話せなかったり、女の子に声をかけられなくて後悔したり、教授に質問できなくて勉強に支障がでたりしたことは、すべてが吃音が原因ではないにせよ、「吃音の話しづらさ」が影響を与えていた部分も、それなりにあったように思います。
語学の時間にも、かなり苦労していました。

吃音が、「見えない障害化(隠れ吃音化)していった」ことに伴って、「言い換え」とかいろんなことを、意識下・無意識下にはしていたものの、表面上の「どもる」という困りごとはあまり見えなくなっていった、ということは、周りの人たちが気がつかない、というだけではなく、当の僕自身にとっても、「自分が吃音者である」という意識を、潜在化させていたように思います。
「言いかえ」って、習慣化されると、ほとんど自動的というか、自分が言い換えていることすら、意識を向けなければ、意識しなくなりますからね。
それは、よく言えば、「そんなに吃音で悩まなくなっていた」ということでもありますし、悪く言えば、「吃音が原因で話せなくても、『まあ、いいか』という風に、自分の欲望を無視することが習慣化されてしまっていた」ということでもあると思います。

そんな風に、大学入学当初は、吃音について、あまり考えていませんでした。
大学3年生から、大学院2年生の時期は、中学以来、吃音について再び、悩み始めましたが、「はでにどもって悩んでいた」というよりも、たまに言葉が出なくなって追い詰められてしまう、「隠れ吃音者」として、悩んでいたように思います。
一方、今年度にはいって、吃音の研究を始めてから、再びどもる回数がかなり増えました。少し前までは、言わなければ吃音者だとわからないくらいしかどもっていなかい「隠れ吃音者」だったはずのですが、今は、ご覧の通り、わざわざ言わなくても吃音者だとわかるくらい、それなりに派手にどもっています。
僕、「言いかえ」をするのは、必ずしも、「吃音を隠したいから」とか、「吃音を劣ったものだ」とか、「恥ずかしいものだ」と思っているからとは限らないと思っているんですね。
隠れ吃音者だった頃の僕には、そういう動機も一部にはあったかもしれませんし、中には、それが最初の大きな動機だったという人もいるかもしれませんが、むしろ、「言いたいことを言いたい」「何とか、思いを伝えたい」ために、周りから「どう思われるか」という視線とはあまり関係なく、言いやすい別の音を選んで、言いかえをしていた、というような感じだったと思うんです。
スティグマの問題とかとは関係なく、「言い換え」も「場面回避」も、そういう風に、「サバイバル」していった結果の行動なんだと思っているので、たまに、「正々堂々と、開き直りながらどもっている人もいるのに、それに引き換え、自分は、ついつい、言い換えとか、回避をしてしまう。なんて、自分はダメな自分なんだ」とか責めるような人がいますが、そういうことは、しなくていいんじゃないかと思っています。
すくなくとも、その人が悪いわけじゃありませんよね。
もっとも、そういうことはわかっている上で、僕も、よく、そんな風に、自分を責めてしまうことは、やっぱり、あるので、「そんなに簡単なものじゃない」っていうことぐらい、わかっていますが。

皆川(吃音ラボ編集部)
吃音の研究を始めてから、再びどもる回数がかなり増えました。ってことなんですけど、僕もこのサイトを作る前まで吃音について考えるとか、一切しなかったんですよね。
今は会社を経営していますけど、苦手なことは他の人に任せて電話対応など一切しない。自己紹介もしないでも相手は自分を知ってる。そんな環境でずっと仕事してきたんですよ。
でもあるきっかけがあって、吃音についてもっと知りたいと思って色々調べるようになったら、山田さんと同じく完全に悪化しました。
初めて参加した言友会で、吃音だと指摘されたことない!と話したら本当に?それだけどもるのに?って言われましたからね(笑)

でも吃音について調べるようになったら、ふとした時にどもった時に、必要以上に気になるんですよね。
今まで気にしてないレベルの言葉につっかえた場面でも気になるんですよね。
だから前と同じ症状なのに、実は自分が必要以上にどもることに過敏になったのかもしれません。

言い換えに関しては中高生位から、僕も覚えていった気がします。
症状がいつ軽くてとかは記憶にないんですけど、僕の場合は、今思い返してみると10代の頃は悪化していった気がします。で20代になって多少改善したかな?と印象があります。
まぁ場面で症状の変化がありますから、一概には言えないんですけどね。

山田さんは吃音があり、避けてしまう場面はありますか?

山田 舜也
ありますね。
僕の場合、話し⾟さは、ドラマツルギーじゃないですが、⼈との関係性にとても依存していると感じています。
具体的には、⾃分にとって⼤切な⼈とお話する時とか、社会的に⽴場が目上の人、たとえば大学の先⽣と話すときには、吃⾳の症状が出やすく、話すことも自体も躊躇してしまったり、言葉を呑みこんでしまったりすることが、よくあります。
研究のミーティングなどで、深い話し合いができず、話し終わってから僕自身も「本当はもっと色々話せたはずなのに」とか「誤解を与えてしまった」というように後悔してしまい、相手の方に悪意がないことはわかっている場合は、ことさら、自分を責めるような回路にも陥りがちです。

動画をご覧になって下されば分かると思いますが、この文章も、インタビュー後に、大幅に改変させてもらっています。「上手くいえなかったけど、本当はこういう風に言いたかったんだ」という思いが、インタビュー後、僕の中で、かなり生じているため、こんな風に、加筆しているんです。

話を元に戻しますが、場⾯そのものを回避するってより、同じ⼈とのやりとりの中で⾔うのを諦めるみたいなことが、往々にしてありますね。
本当は話したかったのに、話すのをあきらめてしまう。話しかけたものの、話しづらくて、「どうしたの?」と問われても、「なんでもない」と何もなかったかのように振舞って、「方向転換する」をするのです。
今の研究室は、僕が吃音をもっていること自体には、とても理解は得られているとは思うのですが、周囲から理解が得られていても、そういう現象はよく僕の中で生じますね。

皆川(吃音ラボ編集部)
立場が上の人だと症状が出やすいってありますよね。
僕はプライベートでも年上の友人がすごく多くて20代前半の頃から40歳50歳の方と遊んでました。
だから年上の人や立場が上の人と話すのは慣れていて緊張とかは全然ないんですよ。

でも時々すごくどもりやすくなる相手っているんですよね。
単純に緊張とは違う。

なにか年齢の差から自分では分からない所で、精神的な負担を抱えて、吃音が出るのかな?とか考えたりするんですよね。
なので、山田さんと同じで人との関係性に依存っていうのはすごく共感できますね。

ところで、山田さんはどんなきっかけで吃音の研究をしようと思ったんですか?

山田 舜也
今の研究室に所属する前、僕は、東大で化学の研究をしていました。
遊んでいたわけではなかったのですが、正直、研究室の中では「落ちこぼれ」で、あまりいい学生ではありませんでした。
大学院に1年留年して、家に引きこもって、ほとんど研究室にいけなかった時期もあったくらいです。
今でも、化学科・化学専攻にいた頃のことを思い出すと、身体のいろんな場所がかゆくなったり、痛くなったりします。
化学の研究室で「落ちこぼれ」ていたのは、必ずしも吃音だけが原因ではなかったとも思いますが、当時の僕は、ゼミの発表で失敗続きだったり、研究をする上でわからないことを周りの人に聞けなかったり、実験結果が上手く出せないときに先輩に相談できなかったりなどで、全体的にうまく研究生活を送れていない感じでした。

恥ずかしくてとても「痛い」ので具体的には言えませんが、私生活の面でも、「話すこと」に関してかなりショッキングな失敗をしてしまい、「このままだと僕は人に大切なことを伝えることができない人間なんじゃないか」と割と絶望していました。

演出家の竹内敏晴の『ことばが劈かれるとき』という本を読んで、演劇のワークショップに参加するようになったのは、そんな風に、吃音に悩み始めた、化学科の4年生の頃でした。吃音を治したいとか、コミュニケーション能力を付けたいとか、そういうわけではなく、「演劇を通じて、僕はもしかしたら、何か変われるようになるんじゃないか」と思って、僕は演劇を始めたんです。
『ことばが劈かれるとき』という本には、僕にそう思わせる、何か不思議な魅力がありました。
具体的に、自分の中で何についてどう変わろうとしているのかわからないまま、でも、演劇を通じて「何か変わりたい」と、そうはっきりと言語化していたわけではありませんでしたが、そう思って、僕は演劇をはじめたのです。

今思えば、当時の僕は相当にこじらせていたと思いますし、当たり前ですが、そんな風に演劇を始めても、「自分の中にある何かよくわからないものが変わる」なんてことは、あるわけないんですけど。
もしかしたら、純粋に、「吃音を治したい」と思って演劇を始めていた方が、楽だったような気もします。吃音は、完璧に治るようなものではないですから、実際に変えられるかどうかということで言えば、難しいと思いますが、しかし、「吃音を治したい」と思っている方が、「自分が何を変えたいと思っているのか」について、自覚的であることができますよね。

僕の場合、言葉の教室に通っていましたから、「吃音が治らない」ということは、昔からよく知っていました。また、「治したい」と思うことそのものが、自分自身を否定しているかのようで、そういう風には個人的にはどうしても思えなかった、という節もありました。
しかし、一方で、「何か変わりたい」「何かから自由になりたい」という思いは、僕の中に、強くあったように思います。
僕の困りごとの内容は、明らかに、吃音と関係しているのですが、しかし、「どもること」そのものを問題にできなかったのです。「どもること」そのものを無くしたい・変えたいというよりも、僕が「どもる」ことや、僕が追い詰められて何も言えなくなってしまうことなどと、「どこか」で関係している「得体の知れない何か」を変えたい。
あるいは、それが「そもそも、何なのか」を知りたい。それが何で、どういうものかを知って、それがどこまで変えられるものでどこまで変えられないものなのかを見定めて、その上で、何がしかの自己決定を行って、とにかく、吃音に関する「何か」に、納得して前に進めるようになりたい。
自由になりたい。はっきりと思っていたわけではありませんでしたが、今思い返すと、おそらく潜在的にはそういう思いで、僕は、演劇を始めていたのだと思います。
最近、「当事者研究を始めたい」という大学の後輩たちとよく会うのですが、彼ら・彼女らと話を聞いてしてみると、僕が演劇を始めたのと同じように、「よくわからないけど、『正体のわからない何か』から自由になりたくて、当事者研究を始めたいと願っている」というような印象を受けます。
話を元に戻しますが、そんな風に、1年くらい、大学帰りに、こっそり、演劇のワークショップに参加していました。でも、演劇を続けても、結局、僕は、うまくいかなかったんですね。演劇をしているときは、たしかに、吃音や吃音と関係している「何か」について考えられそうな気はするのですが、やっぱり、ぼんやりとしてうまくつかめなかったですし、だんだん、「大学院から逃げて演劇をやって楽しんでいるだけ」みたいな感じになってしまいました。おまけに、初舞台で相手役の女性に上演後にそっぽを向かれてしまって、よけいに、「ああ、やっぱり、僕は、深いレベルで人と関わることはできないんだな」と、落ち込んでしまいました。

そういうわけで、専門の理系では「落ちこぼれ」ですし、「コミュニケーション力」なるものも自分にはない。「何か」から突破することもできない。
大学院でも別の場所でも、痛い日々と痛い記憶だらけで、就職活動の時期になっても、自己分析や自己決定が上手くできず、社会に出てうまくやっていけるイメージもあ持てませんでした。
そんな風に、一人で抱え込んでしまって、どうにも立ち行かなくなってしまい、将来に対する不安もあいまって、研究室にいけず、ほとんど家に引きこもってしまったんです。

引きこもっていたのと同じくらいの時期、行き詰って、にっちもさっちもいかなくなっていた頃、僕は、吃⾳の自助グループに久しぶりに参加しました。2014年の12⽉の埼玉言友会のクリスマス例会だったんですが、吃音と真正面から向き合って、自分以外の吃音者と吃音について語り合う、というのは、かなり久しぶりの経験でした。

なんというか、そのとき、とても救われたんです。

僕と同じように、演劇や竹内敏晴さんの本が好きだったり、自分と同じように、吃音について悩んだり、立ち往生した経験を持つ人たちの体験談を聞いて、「今まで、自分だけだと思っていたけど、僕だけじゃなかったんだ!」とか、「ここには仲間がいるんだ!」とすごく感動しました。それからほどなくして、「吃音の研究をしたい」と思うになったんですね。
そういうわけで、2014年12月の埼玉言友会の体験が、「吃⾳の研究をしたい」と強く思うようになった、僕の中での大きなきっかけでした。
僕にとって、吃音は、苦しさや悩みでもあり、しかし、「言友会に参加して感動した」というように、「それによって人とつながることができた」という、きっかけでもあります。
「吃音とは何であるか」ということについては、色々な言葉のあてがい方がありますが、「障害」とか「生きづらさ」といった言葉よりも、「吃音とは問いである」という風な言い方が、僕個人としては、一番、しっくりきます。
研究でも、「吃音を治すための方法を見つける」というよりは、「そもそも、吃⾳って⼀体なんなんだ」というのを探求するための研究をしたいと思っています。
医学的な研究というよりも、当事者として「吃音とは何か」という言葉を、僕なりに作ってみたいのです。

皆川(吃音ラボ編集部)
なるほど。そうだったんですね。
では山田さんにとっての転機は演劇との出会いなんですね。
「落ちこぼれ」って言葉が出てきましたけど、僕は「落ちこぼれ」でもいいと思ってるんですよ。
もちろんずっとでは、問題あると思いますけど。
いつか「落ちこぼれだった」と言えるようになれたら「落ちこぼれ」の時期にも意味があったと思えるはずなんですよね。
山田さんのように前進できれば、なにも問題ないですよね。
もちろんこれからも浮き沈みはあると思うんですけど、僕も山田さんのこれを見てくださってる方も同じだと思いますからね。
落ちこぼれた経験って強いんですよ。
僕も廃人のようになってた時代がありましたからね。吃音が原因ではないんですけど、闇の時代がありますからね(笑)

また、言友会などの自助グループの場で悩みを共有できるって安心しますよね。
もちろん人に寄ってはそういう事を求めない人もいると思いますけど。
僕は20歳過ぎてから『吃音』って言葉を知り、それから初めて当事者に会う為にSNSでオフ会を探して参加しました。
それまでは、ずっと孤独だったんですよ。
病名も知らないし調べようもない。親には小さい頃、相談しましたが、気にしないでいいと言われ、なんとなくそこから話しにくくなった。
でも日常で本当に困ってたんですよ。自己紹介で名前を言えない。一般的な視点から言えば変じゃないですか?

普段は、普通に喋れてるのに名前をクラス替えの自己紹介でうまく話せない。
授業中に誰でも分かるような質問を投げられて、指名されて答えは当然答えはわかっているのにうまく話せなくて『わかりません』と答えて恥ずかしい思いをするとか。お店に行けば指差しで注文できるかどうかばかり考えていましたよ。
それが、同じ悩みを持つ人に初めて会った時は、山田さんと同じくすごくすごく救われたんですよね。
吃音以外でもそうなんですけど、人って誰かに話すと不思議と気持ちが軽くなるってことがあると思うんですよね。
きっと似たような経験された方も多いと思うんですけど。そういう意味で僕にとって当事者に会うってことは大きな意味がありましたね。

そういえば山田さんは、留学をされたことがあるとお聞きしましたが、留学先で現地の吃音者の方との交流はありましたか?

山田 舜也
去年、2017年の8⽉の⼀カ⽉間のイギリスのケンブリッジ⼤学に留学をしていましてフィールドワークで⾊んな吃⾳の⾃助グループに参加したり英国吃⾳協会の⽅とディスカッションしたりですとか、あるいは吃⾳を持つ学⽣に対しての合理的配慮の⽂書を調べたりしてました。
皆川(吃音ラボ編集部)
英国の吃音協会ですか!それは興味深いですね!
日本とイギリスでは吃音への考え方の違いはありましたか?
山田 舜也
⽇本では、吃音は、今、医療難⺠でもあり、福祉難⺠でもありますが、ある意味では、世界で⼀番⻑い歴史があるといえます。
吃音研究が世界的に本格的にはじまる前から、日本では、吃音の大規模で本格的な臨床が行われていました。また、ここまで大規模で歴史ある吃音者の⾃助グループを持っているのは、おそらく世界で⽇本だけです。1903年に開設された楽⽯社を筆頭とする吃⾳矯正の歴史や、1966年に誕⽣した、今年で52年⽬になる⾔友会の歴史は、世界的にも、かなり独特なものです。
医療の歴史や福祉の歴史は、遅れていますが、そういうわけで、ある意味では、日本は、世界で一番長い、吃音についての取り組みがあると言えます。
イギリスは障害の社会モデルと呼ばれる考え⽅が⽣まれた国ですが、吃音を持つ人への合理的配慮についても、日本よりも、すでに、わりとしっかりとした議論がなされていました。ただ、「当事者として吃音とどう付き合うかを考える」といった部分に関しては、日本の方が蓄積があるように思います。
留学の際、英国吃音協会の人たちに、日本の吃音の歴史を僕なりにまとめたスライドをお見せしました。英国吃音協会の人たちが一番感動したのは、1977年に⽇本の⾔友会が出した『吃⾳者宣⾔』の内容でした。
『吃音者宣言』については、今の⽇本では、当事者団体内部でも、評価はかなり分かれているかも知れませんが、『今の私たちに⼀番⽋けているものを⽇本の⼈達は40年も前にたどり着いていたんですね』と言われて、僕としては、そのことにすごく驚かされました。
この時の体験は、もう一度、日本の吃音に関するパラダイムの変遷について、振り返る大きなきっかけになりました。
歴史の順序の違いとか、いろんなことが背後にあるんですけど、違う吃音についてのパラダイム(考え方)を持っている国同⼠が、お互いのパラダイムを比較したときに、⽚⽅の国が昔たどり着いたことを、もう片方の国は新しいと感じたり、その逆に、片方の国で新しくやろうとしていることを、もう片方の国ではもうそれについてはすでに考えつくした古いことなんだと感じる。
そういうのは、面白いですよね。
⽇本では吃⾳の社会モデルとか、合理的配慮とかについて、あまりまだうまく議論出来ていないと思うですけど、イギリスでは⽇本よりもはやく議論していたので、そういった「パラダイムの時間軸のズレ」をいたるところで、発見できました。
同じ吃⾳の社会的⽀援の啓発のポスターでも、⽇本の⾔友会が作ったポスターと、英国吃⾳協会がほぼ同時期に作ったポスターとでは、表現の仕方に微妙な違いがあって、そういう所も⾯⽩かったです。
皆川(吃音ラボ編集部)
面白いお話ですね。
吃音者宣言は今の若い人は、僕が吃音ラボの活動を通して、インタビュー動画を撮影した方以外でも沢山の方とお会いさせて頂いてるんですが、若い人で共感はなかなか得られないのが実感としてあります。
でも、イギリスでは新しいと感じるんですもんね!それは確かに面白い。
ところで、合理的配慮で日本に比べて良いと思ったのはどのような点ですか?
山田 舜也
それこそパラダイムの違いなので、この配慮がいいとか進んでるとかは単純には⾔えないんですけど、まず、⾯⽩かったのは、「隠れ吃⾳」についてもちゃんと配慮が、検討されている点でした。
つまり、⾒た⽬の「どもる症状」への配慮だけではなくて、「言い換え」や「場⾯回避」など、⾔語的な症状以外についても、ちゃんと考慮されているんですね。
日本の専門家や当事者団体が作成した、吃音者への配慮について書かれた文章には、「どもること」以外に意識が及んでいるものは、あまりありません。「吃音とは、どもることである」と単純に考えているだけでは、見過ごされてしまう視点を、イギリスの人たちはちゃんと持っていて、その上で、吃⾳者が社会的な⾯で感じるディスアビリティー(障害)についての検討がされていたのがひとつ⾯⽩かったです。
僕が読んだ文章には、⾊んな配慮のバリエーションや、⾊んな事例が紹介されていました。例えば、⾯接の時間を⻑くとるとか、そういうことですが、ある⽂書を読んでいて⾯⽩かったのが、「望ましくないことだが筆談の使⽤も認めましょう」みたいな⽂章が書かれていたんですよね。
それが僕には⾯⽩くて、「望ましくないってなんなんだ」と。なにをもって望ましいのか、望ましくないと判断したのか、まったく書かれていなくて、「おいおい」って思わず、ツッコミを入れたくなりました。
もちろん、確かに当事者の実感として、「筆談を望ましくないものだ」と思ってしまう気持ちを感じるのは、なんとなくわかります。
あるいは、吃音を持たない人が、吃音を持つ人が「筆談がしたい」と言った時に、「そんな自分の身体を否定するようなことは言わないで」と言いたくなるような気持ちを抱くことも、なんとなく想像がつきます。
でも、その「気持ち」がいったいなのか。どこから生じるものなのか。あまりそれについて、⾔及されていないというか、自覚的でないのは、⾯⽩いなと思いました。
ちなみに、僕は、筆談を使ってコミュニケーションもしたことがありますが、個人的には、けっこう、楽しかったです。もちろん、ずっと筆談ばっかりで、日常生活を送るのは、不便なので、嫌ですが。
話を元に戻しますが、合理的な配慮は個別の対話の中で決めていくことなので、これが唯⼀の正解だとか、これが良いとか悪いとかは、あまり簡単に⾔えることではないと思います。
障害学的にも、吃音者の合理的配慮や社会モデルについては、ちゃんと研究されていない領域だと思います。
イギリスの留学は、でも、そういった話を考える上で、とても刺激になって、とても、⾯⽩かったです。
皆川(吃音ラボ編集部)
隠れ吃音に対する配慮はすごいですね!
日本では絶対にそこまで考えが及ばないですよね。吃音に関する配慮って実際世界に比べて進んでいるのかどうなのかって思う部分もあるんですよね。

吃音は発達障害に日本では分類されていますけど、世界的にみてもそんな国はない訳で、そういった面も日本の吃音者の社会環境って独特だなと思いますし。
でも日本が正解とかイギリスが正解とかもちろん他の国の考えが正解ってこともないですもんね。

合理的な配慮に関して言えば山田さんのおっしゃる通りで、個別の対話の中で決まっていくことだと思います。
では最後に、同じ吃音に悩んでいる方に向けてメッセージをお願いします。

山田 舜也
僕は⼤学院で吃音の研究していますけど、⾔語聴覚⼠とか臨床⼼理⼠のような資格がある訳ではなく、ただ⼀⼈の当事者として研究してるだけなので、あまりそんなにメッセージだとかそういう偉そうなことを⾔える⽴場ではないです。
だから、「こうすればいいよ」とか「こうするべきだ」みたいなことはあまり⾔わないようにしています。
その上で、僕の個⼈的なお話をさせていただくと、僕がやってる当事者研究もそうですし、⾃助グループの活動もそうですが、先ほどの言いましたように、「似た経験を持つ人たちと出会って救われた」ということが、僕の吃⾳の活動のついての大きな出発点になっています。
僕は、「言葉の教室」以降、今まで、⾃分ひとりでずっと悩んでいました。
⾃分だけの問題であるとか、こんな⾵にいつも⾃分を責めるような回路に陥ってしまったりするのは、自分が悪いからだとか、ずっと思っていたんですね。
でも、他の当事者と対話を重ねたことで、自分ひとりの問題だと思っていたことが、実は、とても多くの人が経験している内容だったり、個人的な問題と言うよりも、もっと大きな構造の中にある社会的な問題だと感じられることも増えました。
当事者研究を続けて、「⾃分だけじゃなかった」とか、「この⽣き⾟さには⾔葉があったんだ」とか、そういう風に思えたり、「たしかに、吃音ってこうなっている」みたいな「構造」に、気が付いていていけるようになって、それで救われていったということが僕の中でとても⼤きいです。
だから、⾊んな当事者の体験談とかが集まってる吃⾳ラボのようなインターネット上での場ってとても重要だと思います。
多分、吃⾳でも、もしかしたら、それ以外のことでも、悩んだりどうしていいか分からないとか⽴ち⾏かなくなったりすることは、みんな生きていれば、必ずあると思うんですよ。
そういうときに、似た経験を持つ仲間と話しをするって、とても、大きいと思うんですね。
一人一人の人間が体験してることは、もちろん違います。
全く同じ経験をしている人と言うのは、世界にはどこにもいない。吃音を持つ人と話していて、「同じだ」と思う体験もあれば、話きいてみて「やっぱり違うな」と思うことも、よくあります。

でも、一方で、自分が経験している⼀個⼀個の体験談については、同じような経験をしてる⼈は、たぶん、世界中のどこかしらに、絶対にいると思うんですよね。
一人で悩んで、苦しいとき、その孤独がなかなか共有されなくて、自分を責めたり、逆に、人のことが信じられなくなって、世界中が敵に見えたりしてしまうようなことは、誰でも、経験があると思うんです。そんな風に、ひとりで苦しむことは誰でもあると思いますが、でも、おそらく世界中のどこかには、似たような経験をしている仲間がいる。
そういうのを、今でも僕は、希望にしながら研究している所があります。

そんな風に、僕自身、いろんな人と話をして、話をするたびに、吃音についていろんなことがわかってきて、ちょっとずつ、楽になっていきました。
だからとって完全に吃⾳の問題が解決したかというとそういうことはなくて、まだなんか解決できないことがあるから、まだ研究を続けているので、だから、今でも、色んな人と、たくさん、いろんな話をしたいな、と思っています。
最近では、吃音の人たちだけではなく、統合失調症や、双極性障害、PTSD、自閉スペクトラム症、ADHD、LD、アルコール依存症、場面緘黙症、境界性人格障害、性同一性障害、早口症、など、いろいろな当事者の人たちと話す機会も増えました。

もしもこの動画をみて、「僕と話がしたいな」と思ってくださった⽅がいれば、東⼤スタタリングに参加して、僕と話をしてくださると、ありがたいですし、嬉しいなと思います。
もしかしたら、すぐに話すことが難しいこともあるかもしれませんし、ときには時間もかかるかもしれませんが、ゆっくり、いろんな人と、たくさん、話をしてみたいです。

皆川(吃音ラボ編集部)
山田さんのように当事者と会うことで、自分の中の吃音に対する考え方が変わる方もいると思いますし、少しでも興味を持った方がいれば東大スタタリングに参加して欲しいですね。
吃音ラボの当事者の体験談は、インターネット上で、山田さんがされている「当事者研究」のような、体験共有をしたいと思い始めたんですよ。
自助グループに参加するってハードル高いと思うんですよね。
僕は、初めて吃音って言葉を知った時、言友会の存在を知りました。
でも社会人になり、貴重な休みの日を使って、当時のテキストばかりのHPをみて、雰囲気もなにも公開されていないグループに行く勇気はなかったんですよね。

だからまずはスマホなどでもっと手軽に簡単に、同じ吃音の人の話を聞いてみて、そこでもしプラスになるものがあると感じるなら、直接当事者に会える場に行き、自分の中の吃音との付き合い方の答えを見つけて欲しいと思います。
治療とかそういう話ではなくて、仲間を作るって本当に大事なことだと思うんですよね。
自分の味方を作れる人ってなにか大きな壁に当たっても悩むことも少ないと思うんですよね。吃音のこと以外でも。

もちろん人によっては、当事者に会うのが辛いという考えの人も、多々いるのは分かっていることなので、合う合わないあると思うのでそこは自己判断で。
どもってる人の動画で見るのが嫌だって人もいるので、テキスト版も作ってるっていう面もありますし。
見て、読んでもらって感じたことを大事にして欲しいなと思います。
批判的な意見でも、いいと思うんですよ。見たくない、意味がないと思うなら別の場所で自分の味方を作ればいいと思うんですよ。
味方っていうと大袈裟ですけど友人ですよね。ただの友達でもいいんですよ。
そういう存在がいないなら家族でもいいし、学校なら先生でもいいと思う。
それが苦手なら匿名でTwitterなどを開設して、仲間探しをすればいいと思うんですよ。
そんな存在の人を身近に作って欲しいです。

僕は山田さんと同じく吃音の悩みは当事者に会って救われたタイプの人間です。
吃音以外の悩みで言えば、仕事を通して知り合った方に沢山、力になって貰って、僕ひとりではできない経験を今まで沢山させて貰ってきましたしその経験からそんな風に思うんですよね。
まぁ人に寄ってそれぞれ考え方があると思うんですけど、ひとつの意見として。

今後は吃音ラボと東大スタタリングで交流会なども開催しましょう。
今日は本当にご協力ありがとうございました。

撮影後記
当事者の視点から大学院で吃音研究をされている山田さんの話は、ここには掲載できないくらい面白い話が沢山あり、そういった知識を得る目的で、東大スタタリングに参加するのは面白いだろうなと思いました。
イギリス留学の経験も、現地に行かないと聞くことができない英国吃音協会の方とお話など非常に有意義な情報ばかりだと思いましたし、世界中の国の吃音事情を調べてみたいと思うようになりました。

取材・撮影・編集=Yuki Minagawa