インタビュー

吃音当事者インタビュー 松尾 久憲

吃音当事者インタビュー

吃音を持ちながら日常生活を行っている当事者さんに職場での体験談や吃音をどのようにカバーしながら仕事をしているかや自身の吃音歴などのお話を伺っていこうと思います。
またお話頂いた内容で吃音改善に関わる内容が出てくる場合もありますが、あくまで個人の考えになりますのでご理解ください。

皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
今日はよろしくお願いします。
松尾 久憲
松尾 久憲
よろしくお願いします。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
では初めに、お名前とご職業を教えてください。
松尾 久憲
松尾 久憲
松尾久憲といいます。職業は今はもう定年退職してますが、勤めてたのは民間の精密機械メーカーです。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
では今日は、お勤めされてた頃のお話を中心に、色々聞かせてください。
精密機械のメーカーでは、具体的にどんなお仕事をされてたんですか?
松尾 久憲
松尾 久憲
カメラとかの精密機器を製造してる会社なんですけど、当初は会社に入った時は研究部門で当時コンピューターが導入されはじめた時期で、ミニコンピュータとか大型コンピューターとか言いますけど、カメラのレンズの設計なんかにも大きな計算機が導入されていて、私はその計算機を使った設計、製造、測定などの仕事をしてました。
言語としてはフォートランといって技術用の言語を使ってプログラムを組んだり、機械の制御用のアセンブラという言語でもプログラムを組んだことがあります。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
ここでは社名は伏せますけど、本当に誰もしが知るような大企業ですよね。
僕も以前カメラを使ってた時期がありますし、元々カメラが好きなのでうれしいです。
コンピューターが導入された時期に、そういう新しい技術に触れて仕事できるのはすごく楽しそうだなと思いました。その会社で定年まで勤めてたってことですよね?
何年間お勤めされたんですか?
松尾 久憲
松尾 久憲
40年ですね!24で会社にはいって64歳まで続けましたよ。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
40年!その間、色々吃音の苦労またそれ以外の苦労もあったと思いますが、職場では同僚や上司に吃音があることを自ら話したりはしてましたか?
松尾 久憲
松尾 久憲
特に言葉では伝えたことはなかったですね。
話してる様子で吃音があるなと分かったと思います。覚えてるのは指導員の上司で君は吃音を持ってるのかって言われたことはありますね。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
そうだったんですね!でもなにも言われないよりは、上司からそう一言言われると話しやすくなったりもありそうですね。
もちろん指摘されたことが嫌で、落ち込んでしまう人もいるとは思いますけど。40年間お仕事をされて、仕事中に吃音があり困る場面ってどんな場面でしたか?
松尾 久憲
松尾 久憲
最初の頃、研究職なので研究発表ですね。その時にうまく言葉が出ないってことはありましたね。うまく誤魔化しながら、今みたいに話すんですけどね。
それよりも発表することへの不安がすごく大きかったですね。若い頃は。
その後、仕事の内容も変わっていき管理職になりお金の管理、予算の管理などそういう仕事をしていたんですよね。
電話っていうのはすごく苦手なことは確かで。どなたもそうだと思いますけど。やっぱり人前で周りに人がいるって中で電話するのはすごく緊張してできれば避けたいなって気持ちが働いて。
なかなかそれができない場面があったのです。色んな研究の仕事をしてた時にソフトとかの利用職場からクレームがあがってきてそれを上司が知ってクレームが出てる職場に電話して確認しなさいと⾔われて。
本当なら上司の前ですぐ電話しなきゃいけないんですよ。でもそれをやらなかった。
自分の職場に自分の席に帰ってからしようと思ったら、どうしてすぐにやらないんだって言われた記憶はありますね。
自分でもまずいなと思ってたんですけどね。そういう記憶は残ってますね。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
上司の前で電話かけるのは、確かに電話は緊張しますよね。
同じように席に帰ってからとか人が居ない場所で電話したいって吃音者は多いと思います。
では、年齢と共に場数をこなすので症状が軽くなるって意見を聞いたことあるんですけど、松尾さんの場合はどうですか?
仕事をしていく中でなにか変化はありましたか?
松尾 久憲
松尾 久憲
吃音の症状自体が軽くなるということはなかったですね。
多分小さい頃からこういう感じ。難発で。言いにくい言葉、言いやすい言葉があるんですけどそれはあまり変わってないと思います。
誤魔化す手段というか工夫を段々開発したってことがあるのかもしれないし、言いにくい言葉、例えば名前とか言いにくいんですけどその前になにか言いやすい言葉をつけるとか。
自分の住んでる住所を付けてとか、電話だと『はい、松尾』と言ってはいを付けるとか。
きちんとしゃべろうとするとどもるんですけど、勢いでパッと電話をとって『はい』って一定のリズムで言うとか、動きと連動させるとかそんな工夫とか。
たしかに場面を何回か経験すると、次に起こりそうなことが予想できるので恐怖感とか不安感とか大きくならないので、まぁ少し軽くその分軽くなったように見えるのかもしれない。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
そうなんですね!でもリズム取るとかで話しやすくなる方って多いですよね。
僕はそれがどうも苦手なタイプでリズムよりも言葉が出ないことへの焦りしか考えれないんですよね。次に起こりそうなことを予想できるのも逆に不安が大きくなったりする面もあるので、人それぞれそこの部分での感じ方はありそうですね。
今の話からすると松尾さんの場合だと、特に場数を踏んで改善を実感したってことはないってことですよね?
松尾 久憲
松尾 久憲
年齢があがってくると、言いやすくなるというか言葉が出やすくなるとか不安とか恐怖が少なくなってくるのは確かですよね。
今はもう定年退職してますけど。今はもう隠居生活。昔でいう隠居生活ですよ。すごく楽ですよ。
というのはいろんな要素があると思うんだけど、特にこれをやらないといけないとか決まりきったことがなくて自分の好きなことに取り込める。
それからどもっても周りの評価があまり気にならなくなる。その分、周りから期待されることも少ないってこともあるんですけどね。
その逆で言うと、期待される若い時は期待にこたえたいって気持ちも大きいので、緊張したりとか不安が大きくなったりとかそういうこともあるでしょう。
今の歳になればその反対ですね。色々経験してることもあって大体どういうことが起こるかって予感があるんですよね。
未知のことが少なくなる。自分が選んできて歩んできた道、これ以外ないなと他の選択肢がどんどん消えていくわけですよ。
いわゆる身を固めるって言い方しますよね。ですからこれしかないって!これでなんとかやっていこうって。いい意味で自分の人生も諦めみたいなものもある。
ですから年齢重ねてくると吃音の症状も変わってくるし、その不安も変わってくるし、吃音の考え方も変わってきますよね。それを若い人は楽しみにしてもらって(笑)
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
すごく重みのある言葉ですね。経験からくる話って本当に貴重だと思います。
僕は今年で30歳になる年です。初めて吃音って病気を知った20歳の頃と今で大きく考え方は変わりました。調べること知ることも怖くてずっと逃げてたんですよね。
でも、30歳近くなって自分のこの病気、吃音というものをもっと深く知ってみたいと思うようになりましたし、これから更に10年20年とたって考え方が変わるのかもしれませんね。
松尾さんは僕の二倍以上は生きていて、吃音ともそれだけ長く付き合ってることになります。そんな中でどう向きあってどう吃音を考えて、日々の不安とかそういう事とか色々知れてすごく学びになります。
やっぱり長くお仕事されていた中で、これは忘れられないっていうような吃音が関係するお仕事での失敗談などはありますか?あまり思い出したくないことなのかもしれませんが、いかがでしょう?
松尾 久憲
松尾 久憲
仕事での失敗…先ほどの上司の前での電話はそうですね。
あとは自分が気になってることとしては、その中で私は会社側の人間、相手側はシステム開発してくれるこちら側から発注してる会社の方で。ちょっと大きめの会議の場。
そこで自己紹介をしないといけない。こっちが誰かっていうのは大体わかってるんですよね。でも自分の名前が言えそうになかったんですよ。色々喋ってても最後まで言えそうになかったので言わなかったってことがあって。
まぁ挨拶の中での自己紹介なので、そんなに仕事に影響あるとは思えないけど自分としては失敗したなと今でも残ってますよね。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
今でも覚えてる失敗談などやっぱりあるものですよね。悪い記憶ってなかなか消えてくれないなと思うんですよね。いくら上書きしても吃音の失敗ってふとした時に思い出したりします。でもそれはきっと若い人も松尾さんのように長くお勤めされて社会人歴の長い方でも一緒なんだなって思います。
ところで松尾さんとは言友会を通して知り合いましたよね。
松尾さんはいつ頃から参加されてるんですか?
松尾 久憲
松尾 久憲
参加したのは今から20年くらい前かな?1997年とか98年とか!
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
どういったきっかけで参加してみようと思ったんですか?
松尾 久憲
松尾 久憲
きっかけはね、ひとつは今住んでる場所の近くで言友会の関東ブロック大会があってそこで言友会って名前をひさしぶりにきいて参加してみようと思って。
言友会って名前自体は吃音者宣言。昭和51年5月に出てますけどあれが出た時に治す努力の否定。それまでは吃音なおすべきだって考えだったんだけど、それを完全に否定するようなそういう宣言が出たので。
マスコミに取り上げられたり新聞にも取り上げられたのでそれで言友会を知りましたね。こういう生き方もあるんだなって印象に残ってます。
それが会社にはいって次の年。25歳くらいの時。ちょっと不安だった気持ちが吃音者宣言は吃音者でもたくましく生きていこうそういう意味合いの文章に勇気づけられた記憶はあったんですよね。
それで言友会を知っていたんですけど、久しぶりに1996年に関東ブロック大会があって20年ぶりくらいに言友会の名前をきいたのかな。
それで行ってみようと。それで行ってみていい人が居たのでその後しばらくして入ったんですよね。
その時は少年野球チームのコーチやってたのですぐには入っていけなくて、入会だけはしていたんですけど、その二年後位から例会に参加するようになりましたね。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
言友会って歴史はある団体だと思うんですけど、吃音の認知度ってやっぱりそこまで高くないですよね。それによって生き辛い方、もちろん中には吃音者と言われたくないという方もいると思うんですけど今後、認知度ってことに関してはどうなっていくのがいいと思いますか?
松尾 久憲
松尾 久憲
吃音、どもりって言葉になるけどあんまり知られていない。知られてないですよね?
どれくらい知られていないかって言うのもよく分からないんですけど、言葉だけ知っていてもどういう風に悩んでるどういう風に苦しいのか分からないってこともあるし。
いろんな意味で吃音って事を知ってもらわないといけないなと思います。
名前とかそういう事そうですけど、社会生活を起こる上で不利益をうけることもある。そういうこと全体を知って貰わないといけないっていうのもありますよね。
最近、吃音と言われたくないっていう若い人の言葉も聞いたので、頭がこんがらがってるんですけどね。そんなに吃音を啓発していいのかな?って。あなたは吃音ですよって言って本当にいいのか。今はこんがらがってます。
それは吃音って言葉があまりいいイメージをもっていないから。
吃音って言われると差別されたり吃音持ってることでの事件を目にしたりそういうマイナスなイメージ。
世間の固定観念とかがあってそういう目で見られてしまうと思ってしまうのかもしれないね。吃音って言われると。
だから吃音と言われてもいいイメージを作りたいなとは思いますよね。吃音と診断されてもこういう治療が受けられる。支援が受けられる。ひとりで悩むこともありませんよっていうようなプラスのイメージに結び付けていきたいですよね。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
支援を受ける仕組みだったり、悩みを共有できる仲間の輪を広げたりは大事ですよね。
僕の場合はずっと吃音って言葉を知らないで20歳まで育ったので、個人特有の誰にも例はない症状だと本気で思ってましたからすごく孤独でした。
当然ですが、話しても理解される訳がないと思いましたし誰にも親にも話したことなかったですからね。
でも吃音っていう病気があることを知り、やっぱり人に話すことで楽になる部分ってすごく大きいなって思います。初めて吃音当事者の方に会った時はうれしい気持ちでしたし悩みもまぁ本当に少しだけなんですけど楽になった記憶があります。当然その後も変わらず吃音の苦労は今まで続いてはいるんですけどね。
では、吃音者に対して合理的な配慮なんて言葉をよく聞きますが具体的にどんなことだと思いますか?
松尾 久憲
松尾 久憲
それは人によって違うってことはありますけどね。
どのような事って言うとよく知られているってことは就職面接とか就職試験とかでヒアリング、スピーチだと吃音者の場合は時間を長めに取るとかね。そういう配慮もありますよね。
面接だとしたら、グループディスカッションとか最近行われていると思いますけど吃音者はすごく苦手ですよね?
なのでどの人でも発言する機会を与えられるような配慮。そういう配慮を会議の進行係の人が配慮してあげるといいなと思います。
言葉がなかなか出ないような人がいるって。吃音だけに限らずね。言葉が出にくい滑らかでない人も世の中にいるってことも知ってもらうことである程度、聞く時間を余裕もってもらうような配慮をして貰うとか。
随伴運動も吃音者の方はある方いますけど、なにも知らない人からしたら気持ち悪いなと思う方もいるかもしれないけど、そういう方もいるよって理解してもらいたい。
話しにくそうにしてるなとか言葉が出ないんだなとか、そういう面では仕事に差し障りがあるのかもしれないけど、ある分野では非常に能力が発揮できる、その人の持ってる能力をきちっと評価してあげて欲しい。吃音だからダメだではなくて一概に決めつけずに。そういう配慮がいいですよね。
学校なんかですと朗読、国語の時間とかですね。その時に朗読をしないとか日直の時に言葉かけとか挨拶とか1人ではしないようにするとか。2人で一緒にするとかそういうようなことも配慮ですよね。
でもその辺の所は、その人がどうしたいかって気持ちが大事で一概に決めつけない方がいいとは思いますけどね。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
そうですよね。人によって求めることは違いますもんね!そこが本当に難しい所だなと思います。僕もいきなり筆談を求められたら躊躇しますし、話せることは話したい。でもどもるのは嫌だみたいな我儘な感じになっちゃいますけど(笑) でも僕のような考えの人って多いと思うんですよね。
でも中には筆談がいいって思う吃音者もいると思いますし配慮は難しいですよね。当事者同士でもどう接すればいいか聞かないと分からないという点が。
では社会がどのように変われば、吃音当事者が生活しやすくなると思いますか?配慮ではなくて仕組みとして。
松尾 久憲
松尾 久憲
さっきの合理的な配慮は小さな局面の話ですけど、吃音者は吃音があることによって就職とか仕事する上で差別受けたりとかうまく社会参加できないとかそういうことはなくしていきたいですよね。
その為には、吃音っていうものが一般の人、企業にも知ってもらう。
あと吃音で悩む人に対してはどこに相談にいくかなど。そういう情報がきちっと整理されていることが大事だなと。
対応が整っていたり、その中には障害者手帳とかで就労とかそういう制度を使えればいいなと。今までは吃音がある人は、吃音を治そうとか吃音あっても生きていこうとか、吃音がある人に対して治療とか臨床とかね。
言語聴覚士、研究者の方からは吃音のある人への働き掛けで本人が変わることを要求されていた
でも周りの人が変わってほしい。そういう動きが少なかったと思うんですよね。周りの方が意識を変えて制度を変えて医療機関とか充実させたり、私は今は言友会活動に関わってますけど、吃音者が変わるだけではなくて、社会の方も変わっていってほしい。法的な整備とかもきちんとやらないと思いますよね。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
なるほど。
たしかに、吃音当事者に目を向けて発話改善を目指すのが一般的といえば一般的ですよね。
でも周りを変えていく動きは確かに少ない。吃音者を守られる社会の仕組みって本当に少ないですよね。僕は、吃音ラボに初めてインタビュー動画を撮影した方以外でも沢山の方と会いましたが、言葉を話すことになにも抵抗を感じない人と同じ場所で戦うのは厳しいって声は非常に多いですしね。世間的な認知度が上がるとかよりもまずは守る仕組みを作っていくのがいいのかもしれませんね。
松尾さんは若い頃と今とで、吃音に対する考え方は変わってきましたか?
松尾 久憲
松尾 久憲
特に若い人は、自分の吃音を治したいとか抱える不安とかを小さくしたいとかもあるかもしれないし面接への不安とかもあると思うし。
自分も吃音をなんとかしたいって思いは強いんですけどね。
でもそれは社会が受け入れてくれないというか拒絶されているようなことが起こってるからだと思うので、周りの人達にも変わって貰わないいけないことも確かだと思うんですよね。
そういう事にも段々と気づいていくはずだと思うんですよ。
これから若い人はいろんな経験を積んでね。そう思うはずです。今そういう年齢に達して我々はそう思うようになったわけで、自分だけでなくて周りの人子供たちの世代のことも考えないといけないなって気持ちになって、社会のことも考えないといけないなって、そういった思いになっている。
そう思ってることを若い人にも理解して欲しいなと思うんですよね。たしかに吃音って言葉が持つイメージが悪いってこともあるとは思うんですけど、吃音ってことをきちっと捉えてもらって、社会に発信していく活動もして欲しいなと思います。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
若い人は僕もそうですけど自分を見ることで精いっぱいなんですよね。20代になり社会に出てきっと沢山吃音で悩むんですよ。僕もすごく悩みました。苦しい思いもしました。でも段々と、松尾さんに比べたら僕の経験値なんて非常に小さいものなんですけど変わってきましたしね。
もっと広い目線で、吃音を見ていくのは大事なんだなと松尾さんの話を聞いて思うようになりました。
では最後に吃音者として同じ吃音に悩む方に人生の先輩として仕事をしていく上のアドバイスとかメッセージなどあればお願いします。
松尾 久憲
松尾 久憲
話すことが苦手なことは確かで、自分の場合だと、その話す分野で仕事していくんじゃなくて自分の得意な勉強したことを活かせるような所での仕事をしてきたんですよね。
最初に研究職になったのも大学で専攻していたのでそういう仕事そういう会社を選んだんですよ。
だから、やっぱり自分を社会で活かせる能力を身につけて、それで働いていくっていうのがいいんじゃないかな。
まぁひとつの会社で勤めても大きな会社だと職場が変わっていくとかっていうのもあったり環境が変わって昇進とかしたりもするでしょうけどね。
自分が苦手だなとかこれはできるなとかいろんな仕事していくとわかると思うんですけど、人にもよるかもしれないけど苦手な所よりも得意なことで仕事をしていった方が長く仕事を続けていくにはいいかな?と思いますよね。
会社の中で最後の方にやってたのは、ある職場の予算案を組んだり費用の管理とかでエクセルで数字をワードで文書を作ったりパワーポイントを使ったりとかそんなことをしてましたけどね。それはそれなりに自分的には楽でしたね。
それは極端な話ですけど。
でも自分の力が発揮できる分野で仕事していく。あと、千葉言友会なんかで吃音相談なんかを受けますけど、営業職に挑戦というか僕からしたら挑戦なんですけど、営業職をやってる人がいてその人から段々と電話対応できなくなってきましたとか朝礼の挨拶でうまく言葉が出ないとか相談が時々くるんですけど、どんな風に答えてあげるのかって難しいですけど、その場しのぎだとちょっとしたテクニックを使うしかないので長い目でみるとそういうストレスの多い職場は大変なんじゃないかな?と思います。
皆川(吃音ラボ編集部)
皆川(吃音ラボ編集部)
そうですよね。でも接客業をどうしてもやりたいとか営業をどうしてもやりたいって人には難しいですよね。でも一度は挑戦してみて欲しいなとは思いますよね。ダメならダメで違う道を目指せばいいと思うこともありますしね。吃音で話すのが苦手でも、活かせる能力を身につけると生きやすくなるのは僕も実感としてあります。でもその仕事が本当に合ってるかどうかはその方の特性もあるのが難しいですよね。今日は本当にありがとうございました。
撮影後記

吃音で悩む多くの人は学校生活、または社会に出てから悩むことが多いと思います。松尾さんは一つの会社で40年仕事をし、その中で感じた経験から語られる貴重なお話してくれました。
自助グループ等に参加すると同世代との交流がどうしても多くなってしまいがちですが、個人的には松尾さんのような人生経験が豊富な方の言葉に耳を傾けることで、そこに吃音とうまく付き合っていくヒントがあると思っています。
人それぞれ吃音に対する価値観は違うと思いますが、若い世代の人に、なにかプラスになるものを感じ取って頂けたら嬉しいです。

取材・撮影・編集=皆川