インタビュー

吃音当事者インタビュー F.Y

吃音当事者インタビュー

吃音を持ちながら日常生活を行っている当事者さんに職場での体験談や吃音をどのようにカバーしながら仕事をしているかや自身の吃音歴などのお話を伺っていこうと思います。
またお話頂いた内容で吃音改善に関わる内容が出てくる場合もありますが、あくまで個人の考えになりますのでご理解ください。

大阪府在住33歳(2018年9月現在)
大学卒業後、機械メーカーの営業職として名古屋で3年半勤める。
25歳の時に地元である大阪府に戻り自営業を開始。
今回、自分の中で何を伝えることが視聴していただく方の参考になるのか、どんなことを知りたい聞いてみたいと思っているのかを自分なりに考えて撮影させていただきました。
話す構成をあらかじめ作っていたのですが、いざ撮影に入ると思うようにいかず拙い部分も多々あるかと思いますが悩まれる方々のほんの少しのご参考になれればいいなと願っております。

灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
本日はよろしくお願いします。
F.Y
F.Y
よろしくお願いします。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
まず初めに、お名前とご職業をよろしくお願いいたします。
F.Y
F.Y
F.Yといいます。年齢は33歳。仕事は自営業をしています。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
吃音の自覚症状はいつからありましたか?
F.Y
F.Y
中学校1年生に入ってすぐでした。
小学校の時はそうでもなかったんですけど、急に中学に入ってから言葉が出にくくなることがありました。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
吃音という言葉を知ったのはいつですか?
F.Y
F.Y
何かおかしいなぁというのは自分の中で自覚していたんですけど、吃音という言葉を知ったのは大学を卒業してサラリーマンをしてからになります。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
就職してからだったんですね。
調べようと思ったきっかけはなんだったんですか?
F.Y
F.Y
やっぱ働いてから営業職に就いたんですけど、どうしても電話で声が出にくかったりとか、仕事に支障をきたしたんですよ。
それで、仕事が終わってから携帯でインターネットで調べて、そこで初めて知りました。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
電話対応はやはり難しいと思う方が多いですよね。
仕事に支障を感じて、何か改善に向けて取り組んだことはありますか?
F.Y
F.Y
どうしても言葉が出にくかったものですから。会社名がなかなか言えなかったりしたんですよ。
毎日家に帰って、音読、朗読を繰り返しやってみたんですけど、次の日会社にいってもなかなかうまいこといかんかった。
色々試してはみたんですけど、初めは本当に絶望を感じましたね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
僕も発表前や面接前には、音読で練習したことがありました。
それでも結局本番で人がいるとうまくできなくて悔しい思いをしたことがあるので、すごい気持ちはわかります。
それからF.Yさんはどういう精神状態で仕事をしていたんですか?
F.Y
F.Y
そのときは、吃音知ってから一年間くらいはどうにかして治そうとしか思えなかったです。
ただ、なかなかそれでもうまいこといかないのが続いたんで、仕事が行くのも嫌になったりとか、でも行かないといけないとか。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
そんな精神状態の中で、その仕事はそのまま続けていたんですか?
F.Y
F.Y
吃音だと知ったときには仕事していたんです。
職業は営業で口を動かし続けないといけない仕事で。
大学卒業して新卒で入った会社だったんですけど、すぐに辞めるというわけにもいかないので、とりあえず「やれるだけやってみよう」というのはまず初めにありました。
それで、やってはみたものの、電話応対とか苦しくて辛い部分もあったりして。
何がいちばん辛かったかと言いますと、「周りの人達があたりまえにしていることが自分にできない」ということが本当にいちばん辛かったです。
正社員として働いて、お給料もいただくわけですから、お給料をもらうこと自体も申し訳なく思いましたし、何より入社して数カ月でここまで辛い思いをするのかと考えると、この先何年も何十年もこれを続けないといけないのかと考えたときに、自分の将来をとても不安に感じました。
何とかして治さないといけないということがいちばんに(頭に)ありましたんで、仕事が終わって家に帰ってから音読をしたり朗読をしたりインターネットで治し方を調べてみたり。
毎日、夜中まで大きな声で音読や朗読をして次の日に挑むんですけど、体調があまり良くないのもあるのかもわからないですが、うまいこといかないわけですよね。
結局それが、がんばってもがんばってもうまいこといかないのが続いていくと、だんだん自分の中で心が折れていくというのか、せっかく新入社員というのは元気だけが取り柄のはずが、元気もないし。
お昼も夜もずっと何も考えたくないから同じ弁当食べたりして。鬱病に近い状態がありました。
結局あるときから、精神科にいって「なんとかならないか」というので精神安定剤をいただいて、精神安定剤を飲みながらずっと働いていましたね。
吃音だと知って振り返ってみると、あのときがいちばん「このまま消えてなくなりたいな」と思ったときでした。そのまますぐには辞めずに、電話番でも苦労しながら続けていたんです。
あるときから、営業担当を任されることになり、そのときの心境は本当にプレッシャーがありました。電話もままならないのに、営業職で担当を持つ。営業職で担当を持つのはあたりまえのことなんですけど、自分の中では大丈夫かなと不安に思いながら、断ることもできないのでそのまま任されることになりました。
担当を任されてからは、やるしかないと。とにかく電話が苦手だったから、取引先に行ってまず顔を覚えてもらおうとしました。
何回も何回も、週に1回行ったらいいところを、週に2回とか。月に1回しかいかないところは月に2回。
月に2回で動いてくれないんだったら月に3回行こうとか。そんな風に訪問回数をずっと重ねていきますと、だんだんと仕事以外のことも話しかけてくれるんですね。
向こうも営業マンですから、携帯番号を教えてくれるんです。何か仕事があるときに会社に電話せずにこっちに電話してくださいと。それが僕の中ですごく気が楽になった瞬間でしたね。
今まででしたら、受付の人に電話して営業の人に繋いでもらっていたので、そのワンクッションが無くなるだけで、すごく気が楽になりました。訪問回数を重ねていくと、だんだんと仲良くなって自然と見積もりや案件が増えて行きました。
めげずにずっと営業をがんばっていると、だんだんと自信につながっていくことがあったんです。
というのが、電話すれば済むことを、出社時間よりも早く朝に起きて、車でお客さんのところに行って書類を持っていたり案件の話をしたりとか。
それをずっと繰り返していくと、だんだん向こうもかわいがってくれるんです。そういうこともあってか、営業なんでノルマがあるんですけど、そのノルマも気にすることなく達成することができました。
劣等感しかなかったことが、だんだんと結果が出ていく。自分なりのやり方を模索してやっていったことで数字がついてきた、成績が上がっていったことが自信になっていったんです。
ある取引先の工場を経営されている社長さんから、工場の設備を全部僕に任せたいと言ってくれたことがありました。
理由を聞いたんですけど、そのときに言ってくれたのが、自分たちのメーカーの商品以外でも何でも安く用意してくれる、と。
自分なりに考えた秘策で、そういった人から信頼を得られて売上に繋がって行きました。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
それだけ精神的に辛い思いをしていたのに、なぜF.Yさんはすぐにその仕事を辞めず続けられたのですか?
F.Y
F.Y
しんどかった時に、実家に帰ったんです。
そのときにたまたま父親がいまして、「仕事辞めたいなぁ」っていうのを口にしました。
たまたま家リビングにあったPCで「吃音」というキーワードで検索していて、それをうちの親父がパッと覗いたんです。
それで「おまえそうなんか?」と言われて、「自分ではそう思ってる」とは言ったんですかね。
そのとき父親は「おまえは吃音じゃないよ」という感じで言われて、自分の中では「なんもわかってへんなぁ」というのはあったんですけど。
まぁそのときなんかちょっと弱音吐いたんだと思うんですよ。
お客さんにも迷惑かけたりする、電話でも喋られへんから沈黙が続いたりする。
自分の中でダイレクトに感じてることやったから。詳しい話までしたかは覚えてないんですが、弱音みたいなのは吐いた時がありました。
聞いてたか聞いてなかったのかよくわかんないですけど、そのとき父親が「嫌で辞めるのはやめろ。嫌で辞めたら自分の可能性を狭くするから。
自分の将来を狭くするから。辞める時には次何かをしたいから辞めるとか、何をするか決めてから辞めなさいと」。
それが自分の中でしっくりきたのか、それだけが理由で(仕事を)続けてましたね。
転職しなかったのはできなかったっていうのもあるのかもしれないんですけど、僕は高校大学が文系なんですよ。
手に職もないし、文系というのは販売か営業職しかできないのかなあっていう固定観念もあったんで。
営業職を諦めたら何かできることてあるのかなあっていうのがありました。
営業職を辞めることは、自分の将来を本当に狭くするんじゃないかなあってのが自分の中にあったので、続けてましたね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
お父様のお話が本当にF.Yさんの中でしっくりきたんですね。
前向きに何をするために辞めると思えるまでは今の仕事を続けようと素直に思えたと。
F.Y
F.Y
だから早くやりたいことを見つけようとばっかり思ってましたけどね(笑)
自分に何かスキルがあればすぐ辞められるのにっていうのはやっぱりありましたね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
僕も文系だったので営業しかないんじゃないかって思うのはすごくよくわかります(笑)
現在は自営業をされているとのことですが、どういった経緯で自営業をすることになったんですか? 
F.Y
F.Y
サラリーマン自体は3年半勤めたんです。
辞めるきっかけになった理由なんですけど、「その業界に10年勤めるとその業界を変えられない」とか、そういう話をちらほら聞くようになっていたんですよ。
自分の中でその会社に勤めたときの10年後の自分を考えてみたんです。
こんなこと自分で言うのもおかしな話なんですけど、結構社内では僕のことを評価してくださってて。
僕がぜんぜん会ったことない他の営業所の形が、会議みたいなときに僕の名前があがってたりしたらしいんです。
そういうことがあったんで、10年後の自分のポジションというのがある程度想像できる部分があって。
10年後には地方の営業所の所長をしているだろうな、とは思ってました。
そう考えたときに、「10年後に地方の所長か…その後辞められへんし…業界も変えられへんって言うし…絶対後悔するんちゃうんかなあ」って思ったのは、退職理由の1つにあります。
うちの実家は自営業をしているんですけど、その頃ちょうど事業がうまくいかなくなっていたんです。
それは僕も知らなかったんですけど。二年間くらい売上が0だったらしくって。
確かに、たまに実家に帰るとおかずがしょぼくなっていたんですよ(笑)
おかずがきんぴらごぼうだけとかになってて。そんな状態やったんで、何か違う仕事をつくらないといけない時期やったみたいらしいんです。
そのときにうちの父親が、「ひとつ新しい事業をやってみようと思う」みたいなことを話していて。
それやったらお手伝いしようかなあって思ったのが、きっかけでしたね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
お父様のお仕事をお手伝いするというのがきっかけで前職を退職されたんですね。
僕もサラリーマンのときに将来の自分を想像してこのままでいいのかという葛藤はかなりあったので、とても共感するお話でした。
F.Yさんの中で地方の営業所長というのは、あまり魅力的な将来ではなかったんですか?
F.Y
F.Y
所長になって一年、二年で辞めるわけにもいかんし、音をあげたって思われんのもなんか。
そのときはちょっとプライドみたいなもんもありましたんでね。
自分なりに成果出してきたぞ、みたいなのがあったんですよね。
それやったら、任される前に決断する方がいいようなってのがありましたね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
確かに、責任あるポジションになってからだと余計辞めづらくなりそうですよね。
そうしてお父様のお手伝いを初めてから、新規事業はどうなったんでしょうか?
F.Y
F.Y
会社が本当に倒産寸前の状態のときに、新しい事業を始める。
人手も足らない、お金もない。そういった状況でお手伝いを始めたので、はじめは泥舟に乗ったような感じでしたね。
ずっと資金ショートの恐怖の繰り返しで、他に社員はいないんですよね。
事務員さんがいるわけでもなく誰もいないんで、全部自分がしないといけなくて。
もちろん電話もですし、FAX送ったり書類書いたり。サラリーマンのときとは違う辛さがありましたね。
かといって吃音自体は治ってなかったんで、「電話しないとあかんのか」と思いながらやってました。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
状況が状況だから自営業だからといって電話対応はやらざるを得なかったんですね。
ちなみに新規事業とはどういう内容なのでしょうか?
F.Y
F.Y
事業というのは、ゲーム機を作って無料でリースするっていう仕事たったんです。
無料でリースしてどこで商売してるかというと、リースした先で遊んでもらった売上の何%をくださいよっていう仕事をしています。
この仕事っていうのはお金がすごくかかっちゃうんです。先にモノを作らないといけない。
で、無料で貸し出す。遊んでもらわなかったらお金にならないし、いかに遊んでもらうかを考えないといけない。
はじめにすごくお金がかかってくる仕事だったんですね。
それで、作ったはいいものの、リースする先がないと収入は絶対にないし、とりあえず月に1台作ってそれをどこか設置してくれるところを探すというをしてましたね。
そのとき本当にいちばんの悩みは、やっている間に資金がショートしてしまうんじゃないかというのがありました。
作って、持っていって、置かしてもらえて、それを集金に行っても、あんまり誰も遊んでなかったなあってこともやっぱりありましたしね。
「これ大丈夫かなこの仕事」と思いながら、でもやるしかないんでね、それはずっとやっていたんですけど。
会社の通帳を見るの怖くて。当時実家だったんですけど、お金もなくなっちゃってたんでね。
給料はちょっとだけ取ってて、ちょっとずつ貯金するようにして。(事業を)始めた半年間ぐらいは、父親の会社の知り合いの会社の倉庫があって、そこを間借りさせてもらってたんですよ。7畳ぐらいだったと思いますけど。そこで作業して、置いてもらえるとこ探していたんですけど。それからある程度してから、ずっと間借りしておくわけにはいかないので、思いきって事務所借りたんですよね。
それが今の事務所なんですけど。移してすぐですかね。東日本大震災が起きてしまって。
世間はね、何するにも控えた方がいいっていうムードになってしまって、売上も下がってしまったんですよね。あのときが一番辛かったですね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
資金がない中で先にモノを作って貸すというのはかなり資金繰りが厳しそうですよね。そんな中で東日本大震災。そういう状況だとゲーム機で遊びたいというお客さんも減ってしまいそうですよね。
F.Y
F.Y
娯楽商品なんでねえ。どうしてもそりゃあ遊ばんやろなぁって。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
そのゲーム機というのはパチンコのようなものですか?
F.Y
F.Y
あ、そうですそうです。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
じゃあ基本的にはパチンコ屋さんに置いてもらうようなイメージでしょうか?
F.Y
F.Y
ではなくてね、飲食店なんですよね。例えばダーツバーとか。大阪でしたら居酒屋さんですとか喫茶店とか。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
そんなところに置かせてもらえるんですね。
F.Y
F.Y
置かせていただいてますね。
当たったらコインで出てくるんですよ。
そのコインはお金と交換しちゃうとダメなので、ビール一杯とかと交換するんですよ。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
あーなるほど!面白いですね。あったらぜひやってみたいです。
F.Y
F.Y
だから当たって、売上があって。当たらないと面白くないんでなんぼか出ますと。
売上から景品交換したメダル台を引いて残った利益の60%をいただいていて、残りの40%と景品交換した分の差額がお店の取り分ですね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
お店としてはゲーム機をお金を払って買うわけじゃなく無料でリースでゲーム機を設置できるので、お互いにWin-Winな商売ですね!
面白いです。
F.Yさんの役割としては幅広いとは思うんですけど、主にはゲーム機を置いてもらう営業活動なんですか?
F.Y
F.Y
前勤めていた会社は200人ぐらいの会社だったんですよ。
それでも中小企業だったんですけど。今の会社は当時、社員はうちの親父を入れて2人ですよね、名前も知れてないし。
とりあえず飛び込みで行くしかない。それしかなかったんで。ずっと飛び込み営業を繰り返していましたね。
前の仕事で電話は苦手だからお客さんのところに直接足を運ぶっていうことをしてきたんで、案外飛び込み営業自体はたまに言葉につまることはあったんですけどそれほど苦じゃなかったです。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
飛び込み営業でひとつずつ置いてもらえるところを探すなんて、とても大変そうなのにすごいですね。今は社員は何人いらっしゃるんですか?
F.Y
F.Y
今は正社員は僕を入れて6名です。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
増えているんですね。今も採用活動はしているのでしょうか?
F.Y
F.Y
もちろん今もしています。人が増えないと売上が上がらないのがだんだんわかってきたというか。逆に今は人材を集めることの方が難しいかなっていうのもありますね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
今いらっしゃる方はどのような経緯で採用になったんですか?
F.Y
F.Y
求人媒体使って来てくれた人。
あとは縁故採用ですか、誰かの知り合い。そういうのが多いですね。代理店さんもうちあるんですね。
固定給というわけではないんですけど。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
代理店にゲーム機を売ってもらっているんですか?
F.Y
F.Y
そうです。北海道とかあるじゃないですか。
北海道とか僕行けないんで(笑)東北地方とかも行けないんで、代理店さんが地域にいらしゃって、契約して、設置活動、集金活動をしてくれています。
その売上の一部を代理店さんに受け取ってもらうっていうやり方をしているんで、代理店さんを含めるともう少し人数いるかなと思いますね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
代理店を含めるともう少し多くの人が関わっているんですね。
F.Yさんの事業について詳しい内容を教えていただきありがとうございました。
改めて吃音についてお聞きしたいのですが、F.Yさんは自身の吃音について知ってから、身の回りの人に吃音について話したことはありますか?
F.Y
F.Y
いやあ、ないですね。ないというのは、ここ最近までは一切ないですね。
たぶん知らない人がほとんどじゃないですかね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
ということはここ最近は話した人がいらっしゃるんですか?
F.Y
F.Y
そうですそうです。
ある吃音の集まりに参加することがあったんですけど、そのときに公にしたのはそれが初めてじゃないかな。
本当にね、縁があるのかわからないんですけど、地元の友達の女性の方で百貨店の服屋さんの店長されている方なんですけど、その方もね吃音があって。カミングアウトを僕にしてきて。
で、向こうは僕が吃音だと思っていなくて、「実は悩んでて…」みたいなことを相談されて。俺も(吃音について)結構調べてたんで、「それはこうちゃうかな」って言ってたら、「なんでそんな詳しいん?」みたいな話になるじゃないですか。
「いや、俺もそうやからやで」って。それぐらいかな。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
それはすごい偶然ですね!
その女性はF.Yさんの吃音に気づいていないのにF.Yさんに相談してきたと。
不思議ですね。店長だと接客やら部下への支持などコミュニーケーション力が問われそうですよね。
F.Y
F.Y
結構吃音の人でもね、役職、店長になってる人とか多いんですよ。
サラリーマンしてたときに色んな会社さん周りますよね。僕は中小企業に勤めていたんですけど、取引先となると一部上場の大きな会社を周ることがほとんどだったんですよ。
同じような吃音の方っていらっしゃるんですよね。しかも、支店長とかブロック長とだったりとか。結構いらっしゃって。
その方と吃音の話をしたことはないんですけど、その方の症状は本当に誰が見てもわかるような吃音の症状で。
でも、何も臆せず喋っていましたね。
それが10年前ぐらいの話なので、今ではもっと出世されているんだろうなと思いますね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
吃音の方でも偉い役職に就いてる方って結構いらっしゃるんですよね。
総理大臣にも吃音の方がいたと聞いてびっくりしました。
F.Y
F.Y
田中角栄!
田中角栄さんの演説は、僕ずっと見てましたよ。
サラリーマンしてるときに、音読、朗読の練習のときに、田中角栄さんが克服したものというものがあって、それを僕ずっと読んでました。
ちょっと覚えてないんですけど、営業車運転しながらでもずっと読んでましたね。
田中角栄さんの喋り方っていうのは僕は参考になりましたね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
どのような喋り方なんですか?
F.Y
F.Y
癖になっているんですけど、例えば僕みたいな「あー」とか「えー」とか。あんまり勧めるわけじゃないんですけど、言葉を伸ばす、話すリズムをつける。
僕は自然とそうなっちゃって。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
なるほど。話すリズムやタイミングを図るのは有効かもしれませんね。
F.Yさんは昔と喋り方を変えたんですか?
F.Y
F.Y
意識的にはないです。
あのね、意識的にやっちゃうとたぶんダメになっちゃう。
僕もサラリーマンやってたときは、沈黙がすごく怖い。怖いときあるじゃないですか。
変に伸ばしたりとか、第一声が出なかったら第一声を意識的に伸ばしたりすると、やっぱりね、なかなか僕はうまいこといかなかったです。

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灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
意識的にやると、逆効果になるってのが吃音の難しいところですよね。
うまく喋りたい、それを意識すると余計どもりやすくなる。
無意識に吃音が出にくい話し方が癖付くのが理想なんですけどね。
吃音を今まで周りの人に言わなかった理由はありますか?
F.Y
F.Y
吃音ということを伝えてしまうと、「吃音なんだ」という風に受け取られて話すことを聞かれるというのは、それって伝えたいことが伝わるのかな、っていうのがあって。
うまいことできた、うまいことできなかった、っていう採点方式みたいなので話を聞かれるのもあんまり嫌やなってのが僕は結構ありますね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
吃音あるなしを相手が意識するかしないかで、相手の話の聞き方が変わってしまい話の内容がうまく伝わらなくなってしまうんじゃないかと。
F.Y
F.Y
今ももちろん吃音ありますけどね、まあ今は特にそんな気にしてないんですけど。
昔自分がサラリーマンにしててドン底の時、取引先の吃音の人とお話しする機会があったんですけど、どうしても「あ、今吃音でたな」とか「あ、こうしたな」とか、吃音で悩んでるからこそ相手の吃音がどうしてるかってことを気にしている自分がいたんですよ。
今は、そう思わないんですよねあんまり。気にしてないんで。
吃音が出ようが出まいが気にしなくなって、相手の吃音も気にしなくなった。
なんやろなあ、ありません?相手の吃音をちょっと気にしたりとか。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
ありますよ。吃音を気にし始めると、吃音にやっぱり意識がいくんですよね。
あの人吃音かなって思うと、そこに注目がいってしまうことがあって。
でも、いちばん気にしているのは自分で、自分が吃音もっていてそれを気にしているからこそ、他人のどもりのようなものを気にしてしまうってことがわかったんですよね。
僕も身の回りの人には一切これまで言ってなくて、先月初めて自分の高校の友達に吃音だってことを言ったら、「へーぜんぜん気にしてなかった」って言われたんですよ。
自分が吃音ということばかり意識して気にして注目してるからどもりが目立って見えるけど、他人からしたら必ずしもどもりを気にするわけじゃないんですよね。
もちろん健常者でも他人のどもりが気になってしまう人もいるでしょうが。基本的にあんまり他人の喋り方なんて気にしていない。
それなら、気にしてもどうしようもないことを必要以上に気にしてしまってももったいないだけだというか。
F.Y
F.Y
そうそう、そうやねん。
僕もね、取引先とかで吃音の方がいらっしゃって。ひとりじゃなくて何人かでいらっしゃったんですけど。
自分が悩んでるもんだから、「この人はいま噛んだけど、吃音なんかな」ってそういう風に見てる自分があって。
今思えば、結局自分が悩んでるから、そういう風に目を向けてたとこもあったんかな、ってほんまに思いますわ。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
気にする、気にしないは、吃音において重要な要素だと思いますけど、難しいですよね。
F.Y
F.Y
吃音ってほんまに気にしなく過ごすのが一番なんですけど、でも絶対気になるんですよ。
これがいちばん難しいところで。
だから僕がよく言ってるのは「環境をいかに作るか」。そればっかり悩んでいる人にはお伝えしてますね。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
「吃音を気にしないでいられる環境」ですね。
F.Yさんはなぜ、吃音ラボのインタビューを受けようと思ったのですか?
F.Y
F.Y
今の仕事始めたときに牛丼屋さんに行ったんですよ。
そこのアルバイトの店員の男の子が、たぶん吃音だったんですよ。
注文しても、厨房に言えなかった。明らかに僕は吃音やなあってすぐわかったんですよ。
でもね、一生懸命にがんばっているのを見て、なんとかしてあげたいなって思ったんですよね。
自営業始めたばっかりですけど、「この子をいつか雇ってあげたいなあ」って牛丼を食いながら思ってたんですよ。そのまま店を出て、今彼が何をやっているのかは僕はわからないんですけど。
自分なりのやり方をしていけば、自分で環境を作っていけば、職種は関係なくできるかもしれんなっていうのが自分の中にあったんで、いつかは吃音方と一緒に働いてみたいなっていうのはあったんです。
仕事を始めてから…30歳を超えてぐらいですね、人材を集めていこうと思うときがありまして。
そのときに昔の自分の思ったことが蘇ってきたんですね。「吃音の方はどうやろ」って思って。
でも吃音の方っていうのはそもそも就労支援があるのかないのかどっちなんやろって思って、自分なりに調べてみたんです。インターネットで検索してみてもヒットするものはない。吃音を矯正するものはあっても、その先がどうしても見えなかったんで、一度吃音関係の集まりに行きまして、そこで質問したんです。
その質問内容というのが「吃音の方々の就労支援に関してはどのような状況なんですか」というもので。はっきり言って、僕が満足するような回答の内容ではなかったんです。
実質、あるようでないような状態でしたね。じゃあ自分の会社だけでも一度募集してみようと思いまして、ある機関を利用して募集をかけてみたんです。
でもそのとき、何ヶ月間かぜんぜん誰も来なかったんですよ(笑)
誰も来へんなぁって思って忘れかけてたぐらいに、吃音の息子さんを持つお母さんからご連絡があったんですよ。息子さんは当時で高校三年生らしいんですけど、一度会ってくれませんかっていうことでお会いさせていただいたんです。
それがその高校生と知り合った始まりになるんですけど。
その高校生は正直、僕より症状が重かったんです。
三重県の高速道路のサービスエリアで、その高校生とご両親と僕でお会いしてお話しすることになったんですけど、その高校生の男の子の症状は僕が思っていたより重かったんです。
彼は、高校三年間工業高校に通ってたんですけど、工業高校に通っていた理由も、自分が吃音であることを自覚していて、手に職をつけておきたい、いかに就職を有利にできるかってことをずっと考えていたみたいで。
履歴書をもらったんですけど、たくさんね、資格を取ってたんです。
その他にいちばん記憶にあるのが、「無遅刻無欠席」っていうのが、大きな字で書いてまして。「無遅刻無欠席」って書くのは非常に自由なんですけど、なんでこれをすごいアピールしてるんやろなっていうのはちょっと気になってたんです。
お話を伺っていくと、その高校生の男の子は「遅刻とか学校を休んだりすると就職に影響するんじゃないか」、「自分はこれだけ真面目なんだぞ」っていうのを伝えるために書いたと。
学校で辛いこととか結構あったらしいんですけど、それでも泣きながら学校に通っていたみたいで。
そのがんばりを伝えるために、「無遅刻無欠席」っていうことを書いてたんですよね。
そんながんばりやさんの男の子だったんですけど、就職活動が始まって苦戦してたんですよね。
「吃音をバカにするような同じクラスメイトの子たちは就職先が決まった。自分はまだ決まらない。こんなにがんばってたのに」
ちょっと心が折れちゃってたみたいで。そんなときに僕が掲載した募集を見てくれて連絡くれたみたいなんですけど。
彼と会ったことで、僕の中で「吃音」というものをひとつのカテゴリーで捉えてたんです。
自分は吃音があるんですけど、なんとかできた。
自分はこういう風にしたらうまいことできた。というのは、数あるうちのひとつの事例であって、吃音というのは十人十色で、どうすればうまいこといくかっていうのは本当に人それぞれだと思うんです。
僕はそれをはっきりと理解できてなかったんですね。
吃音者と一緒に働くっていうこと自体の考え方がまず甘かったなっていうのを痛感しましたね。
結局そのとき僕が応募していた求人の内容っていうのは、人と接する仕事だったんです。「自分がうまいこといけたから大丈夫だろう」、「たぶんきっとうまいこといけるんじゃないかな」、「気持ちはわかるから大丈夫じゃないかな」って、心どこかにたぶん僕あったのかもしれないですね。
実際その男の子と会って、いろんな吃音があって、色んな悩みが人それぞれあって、僕はまったくそれがわかってなくて。彼がせっかくがんばって取った資格も、僕のその今の仕事で使う資格と違うのもあって、結局採用は見送りさせていただくことになったんです。彼とはご両親も含めて、いまでも連絡を取り合っています。
彼は地元の食品工場で就職が決まったみたいです。採用が決まったとき、「決まったよ」って連絡がLINEでもらったときに、本当に自分のことのように嬉しかったですね。
彼が就職して数ヶ月経ってから、お母さんがたまたま大阪の方に来られる用事があったというのでお会いさせていただいてお話ししたんですけど、彼は今もねがんばって働いてるみたいです。
そのときお母さん聞いたのが、「もしかしたら彼をバカにしてたクラスメイトは就職は早かったけど、すでに辞めちゃってるんじゃないかなあ」って言ったら、「そうなんです。辞めてるんです」って。
だから、がんばる力にもなってるのかわからないですけど、今も頑張ってるみたいですね。
いまでも、彼やご両親からたくさんのお礼の連絡や報告をいただくんですけど、自分は何もできなかったんで、いまでも力不足を感じてます。
就労支援っていうのは僕が考えていたことより、とても難題で、たくさんの課題があることがわかったんですね。ひとりひとり症状が違う。だからあてはまるやり方であるとか環境もそれぞれひとつひとつあるということで。
就労支援は僕いまでも諦めてはないんですけど、自分の中でこの方法がいいんじゃないかっていう明確な答えが出せずにいるんです。
本当にひとりひとり違うので、課題をどこからクリアしていくか。時間がかかっちゃうことになるんで。
今回吃音ラボでまずは自分の体験談をお話しさせてもらうことで、少しでも同じ悩みを持たれている方のご参考になればと思って、今日のような場を設けさせてもらいました。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
高校生の方のお話、思わず胸に来るものがありました。
僕も吃音の方とたくさんお会いするようになって、症状の大小は人それぞれだと痛感していました。就労支援するにも、ひとえに吃音者でもこういう配慮をすれば大丈夫だとは言えないんだなと。その難しさはありますね。
最後に、毎回インタビューでお願いしているのですが、観ている方に何かメッセージをお願いします。
F.Y
F.Y
僕は本当にね、吃音というのは症状が違うのでひとつのカテゴリーでまとめてはいけないことなんですけど、でも、「吃音が楽に感じる」ものっていうのは共通してるものがひとつあると思うんですよ。
それはね、「環境づくり」。自分が生活しやすいとか、生きやすいとか、そういう「環境づくり」がいちばん大切じゃないかなあとは思いますね。
今は便利な世の中になりましたんでね、喋らなくても、回転寿司頼めますし、買い物にしてもAmazonだったりとかネットで買えちゃう時代なんで。
それはそれで受け入れるべきだとは思いますね。
僕は今は特に自分の症状というのは気にしていないんですけど、昔の自分だったらあえてタッチパネルが無い回転寿司屋に行ったりとか、ちょっとがんばって喋ってみようかなとか、そういったことをしてたなって思うんです。
けど、今は本当に「タッチパネルがあるんだったらそれてええやん」とか「ネットで買えるんやったらそっちの方が楽やん」とか、そう思えるようになっていったんですね。
治ったわけじゃないんですけど、本当に気にしなくなりました。喋らなくていい機会があるなら、全然喋る必要はないと思うんですよね。そう思える瞬間が、自分を受け入れるってことなんだと思います。
だから、悩まれてる方がたくさんいらっしゃると思うんです。症状も本当に千差万別なんで。
でも、もし皆さんに共通する何かお伝えできることがあるんだとすれば、本当にその「環境づくり」、自分の生きやすい環境を作ってもらう。それに尽きると思います。
灰根(吃音ラボ編集部)
灰根(吃音ラボ編集部)
本日は貴重なお話ありがとうございました!
F.Y
F.Y
ありがとうございました!
撮影後記

サラリーマンで営業を経験した後、家の新規事業をお手伝いするかたちで経営者として活躍しているF.Yさん。
サラリーマン時代は吃音に苦しみながらも、自分なりの工夫をした営業活動をすることで吃音のハンデを乗り越えて活躍したお話を伺って、吃音で仕事に悩んでいる人には非常にヒントになり得るお話だと思いました。
吃音者の方への就労支援に関心をもち、吃音の症状は十人十色で適切な支援を行うは簡単ではないことを痛感し、それでも何かできることはないかと今回インタビューに応じていただき、長時間に渡りF.Yさんの思いをお聞きして、私個人としても非常に感銘を受けました。
吃音を意識しない。吃音にとらわれず自分にできる工夫をする。そうした環境を作る。
簡単ではないかもしれませんが、吃音の症状の大小に関係なく実行できるヒントがたくさんF.Yさんのお話にはありました。
ぜひ参考にしてみてください。

取材・撮影・編集=灰根